aoi iro no tori

だんだん離れてゆくよ アルペジオのように トリルでさようなら 別れを惜しむように ──日常のおはなし──

読んだ本(2023/05/18)


 なんか真面目になってしまった。すみません。

*今日読んだ本

統合失調症の一族;遺伝か、環境か
/ロバート・コルカー 訳:柴田裕之
出版社:早川書房

 図書館本です。半年前くらいから予約していてやっと順番がきて四日くらいで読み終えました。次もつかえているらしかったし。

 アメリカに実在するギャルヴィン家のノンフィクション小説。
 その兄妹は12人いて10人が男性、残りの下2人が女性。そしてその10人の男性の兄弟のうち6人が統合失調症(もしかするとそのうちの一人は統合失調感情障害だったかも)を発症。
 統合失調症が精神分裂病と呼ばれていたり、統合失調症誘発母親と母親が非難されてきた時代の波に晒されながら生きてきた家族の話。
 そして統合失調症は遺伝が誘発するのか環境で誘発されるのか、という問題にも切り込んでいく。
 500ページ弱あるので忘れているところも多いけど、統合失調症がなにで誘発されるのかは一般的にはまだ分からないことが多い、という印象。
 作中の例えで「胎児の頃にパソコンでいう基本となるOSが作られて、このときに処置できると良い」みたいな文章があってこれは合点がいきました。
 というのも当事者研究みたいになってしまうのですが、私はアルツハイマーを疑って脳神経外科で脳のCTを撮ってもらったことがありました。
 そのとき、持病があるか聞かれて「統合失調症です」と言ったら「それはいつから?」と訊かれ、こういうことを訊かれるのは初めてだなと思いつつ「病名がついたのは18歳の頃です。けど、その前から変でした」と言ったとき「脳の一部が萎縮しているんですが、これは生まれつきですね」と言われたことがありました。
 調べてみると統合失調症の患者は脳が萎縮する場合が多いのだそうな。前頭前野が萎縮していることが多いので短期記憶のスペースも小さい等、生きていく上で大事な要素がちょいちょい足りない。

 閑話休題。もし脳の萎縮が生まれる前に起こっていたのだとして、胎児の頃に統合失調症を誘発する遺伝子があるとすればその段階で処置をするのが良いのだろうな、と一番印象に残ったのはそこでした。
 ギャルヴィン家でリンジーが統合失調症の家族に向き合えたのは母親との触れ合いが多くてその分母親の愛情に触れる機会が多かったり、メンタル的にもマーガレットよりも強いものがあったのだと思う(作中でも触れられていたけど)。
 マーガレットは元々繊細なほうで、家族と分断されて統合失調症の兄弟と一緒でなかったことはある意味楽ではあったと思うけど母親の思いに触れる機会も分断されてしまい、母親とも兄弟とも分かりあえないままというしこりが強く残ってしまったのでは? という印象。
 色々な兄弟が出てくるけど感覚的に近いなぁと思ったのはジョセフ(私はジョセフほど好い人格ではないが)とピーターかなと思った。
 ECT治療というものがある、と知って日本でも行われているのかなと調べたら行われていました。強い希死念慮にも効くとあって毎日強い希死念慮に苛まれているためちょっとやりたい、と思ってしまった。いやハイリスクローリターンすぎるけど。
 薬で亡くなる兄弟もいて明日は我が身だなと思ったりなんだり。私も薬を飲み始めて今年で20年経つ。
 本書は統合失調症という病気を知るための入門書としてはあまり向いていないかもしれないけど、家族に統合失調症の患者がいる場合などは読み応えがあるかもしれない。
 統合失調症の人が読んでも良いかもしれないけどたぶん出てくる症状はほぼ自分と同じようなものだし、当事者研究向きではないかなというのが正直な感想です。
 統合失調症の家族の物語としては読み応えのあるものだと思う。
 自分と同じ病気が出てくる、と構えて読んでしまうからつらいなぁとかしんどいなぁという目線では読めなかった。性的虐待はつらい描写だけど似たようなことは私もあったのでな。
 当事者に本書をあまり推せない一番の理由は、本書は統合失調症の家族がいる健常者の家族の目線の話であって統合失調症の患者自身の目線ではないから、というのが大きすぎる。

 私は今日もささやかな楽しみで自分を潤し、希死念慮を自分の意識の外へ追いやるのに必死なのでした。
 あまりブログにお暗いことを書かないようにしているけど希死念慮は常にあります。
 眠剤と向精神薬がなかったらしんでると思うけど断薬もできないからいずれにしてもしんでいるという。
 精神を病む前に、病んでしまってもそうでなくても楽しいことを見つけてしよう。
 楽しみは生きることの潤いで救いだから。