aoi iro no tori

だんだん離れてゆくよ アルペジオのように トリルでさようなら 別れを惜しむように ──日常のおはなし──

先輩風を吹かせていて恥ずかしい


 恥ずかしい。



*ブログときっかけ

 ずいぶん前に拍手でいただいた「更新が続くコツってなんですか?」という質問があって時々考えるのですが(その質問にお返事したのか、そもそもお返事が必要だったかどうか失念してしまっています)、私の場合は単にくせであるところが大きいです。
 元々文章を書くのが好きな子供だったのと、父がガジェット好きでワープロが子供の頃から身近だったこと、中学生くらいの頃からずっと日記を書き続けている、の三つが合わさった結果だと思っています。それと病気なのも大きいかな。逆に普通のブログっぽい記事ってかなり無理しないと書けないし。

 ブログを書くようになったきっかけは大きく分けて二つあって、一つは元々イラストサイトを運営していて、そこの日記の手段としてブログサービスを利用していました。昔の個人サイトにはなぜか大抵は日記があったのです。テキストサイトという日記特化のサイトもありました。そういうサイトの日記を読むのが好きでしたし、今も好きです。
 私のブログはその辺りの延長線上です。
 もう一つがどこにでも書いている通り「日記を書くのは趣味だけど姉が盗み見るんだよなー。盗み見られるのはいやだから誰でも閲覧できる形にしよう。そしたら恐怖は減る」と思ったのがきっかけでした。
 今は手書きの日記も書いていますが、よほどのことがないと盗み見られてもさほど怖くないです。無駄にでも書き続けているとそれもなんらかの力になるのかしらね。
 字は昔より汚いです。



*先輩風を吹かす

 これから日記を始めたいという人になにか、というと日記は最悪毎日続かなくても苦し紛れにまとめ書きしてもいいと思います(私はそう)。あとで読み返すのが楽しいのでとにかく思ったことや起きたことを書いておくとあとで楽しめます。
 私がブログを書いたり日記を書いているのも最初こそ「うちの家族ってこういうのが面白いんだよ」ということを誰かに伝えたいというのもあったけれども世のプライバシー的に書けないことが多くなって私のことが中心になってきています。
 けれどもそれも私という一人の精神疾患者が「こういうことを考えていたよ」という記録を残して、息絶えたあとも「こんな人だった、こういうことを考えていたんだね」と、あわよくば話題にしてもらいたい、という気持ちで書いています。
 毎日単位で読んで面白くなくてもいくつかの記事に一つ面白いと思ってもらえるものがあったり、こんなことをしていたんだ、と感じてもらえたら嬉しいナァーみたいな感じです。



*ブログと織物と絵

 ブログに書いていることや絵などは常に映像や文章が頭を駆け巡っている感じなんだけど昔からなので普通なのかそうではないのか分からない。
 頭のなかのおしゃべりと呼んでいるけど織物をしたりすると収まるかんじ。ヨガとかも効果あったかも。織物でも絵でも興が乗り始めるとダメで物凄いマイナス思考がのしかかってきて、悪いことばかり考えてしまう。実際に胆石になった原因の1/3くらいはそれだと思う。絵をかいたり織物を織ったりしてお腹が痛むということはざらでした。胆嚢を取って今はあまりないけどそれでも時々は痛くなる。ファントムペインみたいなものなのかな。