aoi iro no tori

だんだん離れてゆくよ アルペジオのように トリルでさようなら 別れを惜しむように ──日常のおはなし──

朝ごはんに困るとシェントウジャンにしてしまいがち

美味しいし簡単じゃないですか。今日はおぼろ具合が良かったです。梅のコーディアルもそろそろ濾さないといけないなぁ。良い感じにラベンダーと梅が入り混じった香りがします。

*なんということのない日常ですよ

昨日はリングフィットの日だったので体のサイズを測るため母に「明日早い時間に起こして」と頼んだものの、寒さで自発的に起きてしまいました。起こして、って頼んだ次の日はいつもそうなります。毎日頼めば良いのでは説。 わんこはあまり散歩に行きたがらなくなりました。広義では外に行きたいのですが、散歩という意味ではないみたいです。散歩に行くくらいなら家のなかでゆっくりしていたいみたいで、今日の朝もおむつに大小いろいろしていたのでおむつを捨ててお尻をぬるま湯につけたタオルで拭いてから新しいおむつし直し。 おむつを全部自分でやるのは初めて(足の横のひもが難しいのでそこだけ母にやってもらっていました)でしたがなかなかの出来でしたよ(自賛)。わんこも私ももうちょっと焦らないとうまくいくかも。次はうまくできると思う! ネギを散らしたシェントウジャンとカリカリに焼いたトーストでさささと朝食を済ませて洗濯物を干して、本を読もうと思ったけれどもわんこのほか誰もいないからこの前かいた絵に色をぬろうと思ってカラーマーカーを階下に持っていきました。アルコール性のマーカーなのでけっこうニオイがキツく、なるべく自分の部屋で色をぬっていましたが机がちょっとでこぼこしているのでつるっとしたテーブルでかきたくなったんでした。 線画がだいぶいい具合に行っていたので線画だけ何枚かコピーをとる。色をぬってみたけれど線画の良さは活かせなかった。色をぬっても線画の良さがそのままの形で生かされるのも奇跡的な気がする。 そのあと、帰宅した母と起きてきた姉が朝食を摂っていたけど、私はなにか狂ったようにもう一枚の絵をかいていました。アイディアが湧いて湧いて仕方がない、というのでもないけど、東から日が昇り、という歌詞を聞いて「太陽に涙を打ち明ける人魚をかきましょう」と思い立ちました。 少し不気味な雰囲気の太陽にしよう、でも平塚らいてうの言うように女性的な太陽をかいて、そよぐ風とあいだに太陽に向かって涙をながす人魚を、下のほうには逆に男性的なぺらぺらなペーパームーンみたいな月と星を、上のほうには人魚の悪い噂をしたと思しき女性の口をいくつかかきました。 色をぬって、乾かしているあいだにお昼ごはんを食べて、食べ終わってから少し加筆してとりあえず終了。 ちょっと不穏な絵になりました。着地点が微妙に違ったけどそれもよし。またかこう。

*信者になりがち

あの、なんでもかんでもリングフィットのお蔭にしちゃうと私が任天堂のマ○チみたいになってしまうけどブログをほぼ毎日書いたり、織物をしたり、リングフィットをしたりしているせいなのか、二十代の頃みたいにもやもやしたものに邪魔されるという感覚があまりなく集中して絵をかけました。 十代の頃はさすがに比べちゃうと十代の自分にも悪いし、そこまでは回復していないけど集中力で言えば十代の頃に近い感覚すらありました。途中で辞めてご飯を食べてもまた同じ集中力で始めることができる。 織物で経糸を張る際に集中力を養ったのとリングフィットで体力をつけたのが大きいかもしれないです。 役に立たないことなんてなにもないんだなぁと思いました。というより自分に思わされた感じがする。 本を読む集中力はまだもう少し難しいけどこの前一冊読み切ったので積み重ねは大事ですなー。 この集中力はもう手放したくないでござるなぁ。

余談

昨日のPV数が久しぶりに100越えでした。ヒュ~。 涙を滲ませて笑いを取りに行った甲斐がありました。ありがとうございます。とても嬉しいです。

余談その2

大変なことが続きますが無能で介護者が要るただの一病人である私にはテレビやTwitterなどを見て「大変だね」と言うよりほかありません。少しでもこの世の中の状況が良くなることを願っています。 時事に触れると荒れる可能性があるので今後もあまり触れないようにしますが、日常生活を送っていて気にしていないわけではありません。いつも言葉足らずで申し訳ありません。