aoi iro no tori

だんだん離れてゆくよ アルペジオのように トリルでさようなら 別れを惜しむように ──日常のおはなし──

百足は耽美っぽいよね

けど無理なものは無理です。

*江戸川乱歩の作品では孤島の鬼が好きです(わりとメジャー路線)

この前まで夏を先取りしてサンダルを履いてわんこの散歩に行っていましたが最近そそくさと靴下+靴に戻ってしまいました。 靴が嫌いなわけではなく、私のなかでのサンダルの開放感たるやほかの履物に勝るものはなく、サンダルを愛しすぎているだけです。靴下もやや苦手です。寒いときは履きますが。 ──ムカデ男のせいなのです。 いえ、ムカデでした。散歩に行ったときに足にムカデがついていたらしく母指球の近くに這ったような白い粘液の痕があり、幸運にも刺されたりなどはなかったのですが気がついたときにはテーブルの上を這っていてかなり動揺しました。 江戸川乱歩の小説であったなら私こと婦人はムカデ、否、百足をそっと庭に返してお手伝いさんとともにご主人のご飯の準備に取り掛かります。 昼はお手伝いさんがいるから気が紛れて良いのです。 夜になり、婦人が薄手の寝間着を身にまとい蒲団に臥せていると夜な夜な夢のなかで助けられた百足が百足男となって百足プレイを要求してくるのです。夜ごとの百足男との百足プレイに婦人はご主人への背徳感も相まって、得も言われぬエクスタシイを得るのです……。 という物語を思いついたのですが、お手伝いさんもご主人も完全に想像の産物で、私は虫のなかではゴキブリよりムカデのほうが断然トップに嫌いですし前世からの憎しみ並みに見ると(お察しください)の勢いで潰すのでムカデにとっては百足男になって夢に出るというよりは「あいつ、許すまじ」くらいに思われているかもしれないし、私は「じゃあひっついてくるな」としか言い様がない。ムカデとは犬猿の仲というか前世でなにかあったのかもしれない。 江戸川乱歩というよりフランス書院っぽくなってしまった。 百足プレイというものがどういうものなのかは私も存じ上げない(そんなものあるのか)のでご想像にお任せします。 おしまい。

余談:パロディーが恥ずかしいという意味で

これが遺作になったら前世の遺恨になるくらいには恥の感情があるので明日も更新します。 ※この記事には決して江戸川乱歩氏とフランス書院様を貶す意図はありません。むしろどちらも好きです。

余談の余談

近年は危険な虫も多くて草むらを素足素手で駆け抜けるのが難しいですね。 子供の頃はバッタやらトンボやら捕まえていました。 トンボのミルクって名前で呼んでいた草、むかし流行りませんでしたっけ。白い汁液が出る草。今はもうトンボを捕まえてミルク(的な液体)を与えるなんてできない……。トンボって顎が強くてすごい力で噛むんですよね。恐ろしい。 草むらが怖くなかった昭和生まれ平成育ち世代です。