aoi iro no tori

だんだん離れてゆくよ アルペジオのように トリルでさようなら 別れを惜しむように ──日常のおはなし──

ディスクキャッシュの計算中が長くて

 計算中の時間を計算している自分に京極夏彦の目目連みたいだな、と思ったりして。自分の病気のこともそうなのかもしれないね。目に見えない鼬ごっこのようです。 *闇に病む  昨日は普通に聞けていた「ヤミヤミ」。今日、みんなのうたで歌詞を見ながら聞いていたら笑ってしまうような笑えないような恐ろしさで「聞けないかも」と思ったけどもメロディーが脳裏から離れないので結局は聞くことにする。  闇闇なのか病み病みなのか分からないけど闇に病む感じで、蝕まれる系の音楽に弱いのです。 *真面目のような、不真面目のような(二度目)  今日、自分の病気について考えてしまうようなことがあったので少し書き出してみます。  自分についている病名は本当に自分の病気なのか。常々疑問なのだけどこれも妄想の一種なのかもしれないので考えないようにしているものの気になってしまう。  箇条書きマジックという言葉があるのであまり当てにならないけど、無頓着なようで神経質というのがあまりに的を射ていて思わず唸る。  私の部屋はとても乱雑なんだけどCDと本は発売された順や巻数順になっていないと居心地が悪いので殆どのCDや本がそう並べてある。  積み上げるときも巻数を揃えて並べていて、積み上げるなら整理しろ、とは自分でも思うのですけども。  あと子どもの頃からあるのが追跡妄想ですね。常に誰かから、なにかから追尾されていると思っている、もしくは感じている。指摘されない限り気がつかないほど自分のなかで当たり前になっている妄想です。  自由度が高ければ高いほどその妄想がへばりつくので、常に時間に追われている今の仕事は案外合っているのかもしれないです。追ってきているのが妄想なのか現実なのか分からないので。  追尾されているという感覚が強いのでtwitterなどのリプライやDMの通知は切っています。前にそれで迷惑をかけるレベルのツイ廃になったので。リプライが遅い、とお思いのかたにはリプライが遅くなって申し訳ありません、と、この場で謝罪させていただきます。  あとどの妄想に分類されるのか分からなかったけど子どもの頃からある妄想の一つで、自分の足には常に紐がかかっているのでひっくり返らないようにしなければ、という妄想があります。階段を昇降したり走ったり辺りが薄暗くなると倍増します。  この妄想が生まれた瞬間というのは良く憶えていて、夕方の先代わんこの散歩中に赤い紐のようなものが見えてそれを跨いだとき(たぶん実際には赤い紐なんてなかったと思う)その感覚がまとわりついたと記憶しています。  今では跨いじゃいけないボーダーラインだったのかな、とぼんやり思ったりする。  などと急に病人っぽさを醸し出したりして。優しい世界ってどこにあるんだろうね。